社会的治癒の裁決事案

請求人 A男   昭和34年生
代理人 B男
原処分をした行政庁 社会保険庁長官

主文  社会保険庁長官が、平成14年10月31日付で、再審査請求人に対し、障害基礎年金及び障害厚生年金(以下、併せて「障害給付」という。)を支給しないとした処分を取り消し、平成9年6月に遡って3級の障害厚生年金を支給し、平成14年8月より額を改定し、2級の障害給付を支給するものとする。

理由

第1 再審査請求の趣旨

再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、主文と同旨の裁決を求めるということである。

第2 再審査請求の経過

1 請求人は、精神分裂病(以下「当該傷病」という。)による障害の状態にあるとして、平成14年7月12日(受付)、社会保険庁長官に対し、障害給付の裁定を請求した。

2 社会保険庁長官は、平成14年10月31日付で、請求人に対し、障害給付を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。

3 請求人は、原処分を不服とし、社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し再審査請求をした。

第3 問題点

1 障害厚生年金は、その障害の原因となった傷病(その障害の直接の原因となった傷病が他の傷病に起因する場合は当該他の傷病を含む。以下同じ。)の初診日が昭和61年4月1日以後であり、かつ、その初診日において厚生年金保険の被保険者であること、又はその障害の原因になった傷病の発病日が昭和61年4月1日前であり、かつ、その発病日において厚生年金保険の被保険者であることという要件が満たされない者には支給されないことになっている。
 なお、2級以上の障害厚生年金が支給される者には、併せて障害基礎年金が支給されることになっている。

2 本件の問題点は、請求人の当該傷病について、前記1の要件を満たしていると認めることができるかどうかということ、及びこれが認められた場合、障害認定日(原則として初診日より1年6月を経過した日。以下同じ。)および裁定請求日における請求人の当該傷病による障害の状態が国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表又は厚生年金保険法施行令(以下「厚年令」という。)別表第1に掲げる程度に該当すると認めることができるかどうかということである。

第4 審査資料

本件の審査資料は、次のとおり(資料4以外はいずれも写)である。

資料1 C病院精神科D医師作成の請求人にかかる次の医証

1-1 平成14年6月17日現症、平成14年6月17日付の診断書(以下「D医師の診断書1」という。)

1-2 平成9年8月12日現症、平成14年6月17日付の診断書(以下「D医師の診断書2」という。)

1-3 審査請求書に添付された主治医意見書(以下「主治医意見書」という。)

1-4 受診状況等証明書(平成14年8月21日付)

資料2 C病院作成の請求人に係る薬剤処方の内容(昭和61年9月19日分から平成8年2月2日分までのもの)

資料3 裁定請求書に添付された請求人作成の病歴・就労状況等申立書(作成日付なし)

資料4 当会委員長の照会に対する、B株式会社(以下「事業所」という。)代表取締役Eからの回答書(平成16年1月7日付。以下「事業主の回答書」という。)

資料5 請求人に係る厚生年金保険被保険者資格記録

資料6 社会保険業務センター所長の照会に対する、C病院精神神経科F医師からの回答書(平成16年5月20日付)

6-1 平成14年6月29日現症に関する部分

6-2 平成9年7月18日現症に関する部分

資料7 再審査請求書に添付された、「精神科薬物療法の特徴と治癒概念(風祭元)」と題する論文

第5 事実の認定及び判断

1 前記審査資料及び公開審理期日における当事者の陳述によれば、以下の各事実を認定することができる。

(1) D医師の診断書1から主要部分を摘記すると、次のとおりである(資料1-1)。

傷病名:精神分裂病

傷病の発生年月日:平成8年2月12日

初めて医師の診断を受けた日:平成8年2月12日

発病から現在までの病歴・治療の経過・内容等:昭和55年11月、幻覚・妄想にて発病。昭和55年12月~昭和56年11月、昭和61年3月~同年9月の入院の後、通院治療にて安定し、昭和62年12月に始めた○○の仕事を平成8年2月の再発初診日まで8年以上続けており、社会的治癒の状態であった。平成8年2月、不眠・幻覚・妄想状態を呈し、平成8年2月12日~平成8年5月11日まで3回目の入院。退院後は外来の他、週1回の作業療法になんとか通っていた。平成12年5月よりアルバイトを始めたが、1年間は続かず、平成13年4月、幻覚・妄想状態となり、平成13年4月23日~同年10月13日入院。退院後は外来通院を続けるのみで就労はできない状態である。

初診時(平成8年2月12日)所見:滅裂な言辞が目立ち、独語・空笑を認める。幻覚妄想が活発で、精神運動興奮状態にある。

教育歴:大学夜間部2年中退

職歴:○○(昭和62年12月~平成8年2月)

治療歴

病院名 治療期間   病 名 主な療法 転帰
C病院 H8.2~8.5 入院 精神分裂病 薬物療法精神療法 軽快
同上 H8.5~13.4 外来 同上 同上 悪化
同上 H13.4~13.10 入院 同上 同上 軽快
同上 H13.10~現在 外来 同上 同上 不変

障害の状態(平成14年6月17日現症)

現在の状態像:幻覚妄想状態(幻覚、妄想)、分裂病等残遺状態(自閉、感情鈍麻、意欲の減退)

上記状態像の具体的な症状等:現実検討能力の低下、思考や対応の柔軟性の欠如から、日常生活においても不適切な行動も度々見うけられる。

日常生活状況

家庭及び社会生活について:在宅。家族以外の者とも会話はできるが、内容は端的で生き生きとした交流にはならない。

日常生活能力の判定
食事をする:ひとりでできる
用便の始末:ひとりでできる
入浴・洗面・着衣:援助があればできる
簡単な買物:援助があればできる
家族との話:通じる
家族以外の者との話:少しは通じる
刃物・火等の危険:少しはわかる
戸外での危険(交通事故等)から身を守る:不十分ながら守れる

日常生活能力の程度:(3)精神症状を認め、家庭内での単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要である。

現症時の日常生活活動能力又は労働能力:日常生活にある程度の援助は必要であり、就労は不可能な状態である。

(2) D医師の診断書2から必要部分を摘記すると、次のとおりである(資料1-2)。

障害の状態(平成9年8月12日現症)

現在の状態像:幻覚妄想状態(幻覚、妄想)、分裂病等残遺状態(感情鈍麻、人格水準の低下)

上記状態像の具体的な症状等:幻覚妄想が動揺性に消長し、思考内容の貧困さ、人格水準の低下が目立つ。

日常生活状況

家庭及び社会生活について:在宅。家族以外の者とも交流は持てるが、会話の内容は表面的で空虚である。

日常生活能力の判定
食事をする:ひとりでできる
用便の始末:ひとりでできる
入浴・洗面・着衣:援助があればできる
簡単な買物:援助があればできる
家族との話:通じる
家族以外の者との話:少しは通じる
刃物・火等の危険:少しはわかる
戸外での危険(交通事故等)から身を守る:不十分ながら守れる

日常生活能力の程度:(3)精神症状を認め、家庭内での単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要である。

現症時の日常生活活動能力又は労働能力:日常生活にもある程度の援助は必要であり、就労は困難な状態である。

(3) 受診状況等証明書から主要部分を摘記すると、次のとおりである(資料1-4)。

発病年月日:昭和55年11月頃

発病から初診までの経過:昭和55年11月頃より幻聴、「コンピューターに支配されている」等の妄想が出現し、昭和55年12月2日当院初診となる。

初診年月日:昭和55年12月2日

初診より現在までの治療内容・経過等:初診日に即日入院となり、以後外来通院をはさんで、計4回の入院歴がある。最終平成13年4月23日~同年10月13日、入院の後、定期的に通院し、薬物療法を継続している。

(4) 請求人に対する薬剤(主薬)の投薬量の変更日及び1日分の投薬量を摘記すると、次のとおりである(資料2)。

投薬量変更日 HPD
(1日投薬量)
CP
(1日投薬量)
S61年 9.19 12mg 450mg
  10. 3 9mg 同 上
  11. 7 同 上 375mg
S62年 2.20 6mg 300mg
  8. 7 同 上 200mg
  10. 2 同 上 175mg
  10.30 同 上 150mg
平成2年 1. 8 同 上 100mg
  3. 5 4mg 同 上
平成3年 8.16 同 上 50mg
  12. 6 8mg 100mg
平成4年 1.31 4mg 25mg
  5.22 同 上 12.5mg
  7.17 3mg 同 上
  12. 4 同 上 投薬中止
平成6年 5.13 インプロメン(1日投薬量)
3mg
同 上
平成7年

平成8年
3.102.12(入院) 3mg 同 上

(5) 事業主の回答書の要旨は、次のとおりである(資料4)。
 請求人が、事業所で就労を開始した昭和62年12月から平成6年までの就労状況を証明する資料は、廃棄処分又は遠隔書庫管理のため確認できない。平成7年から平成8年5月までは、一部書類により、次の事実を確認できる。

勤務形態:平成7年4月現在、変形労働時間勤務:8:30~17:30~17:30~翌9:00(18時間実働・夜勤あり)

病気欠勤等:病気により平成8年2月12日~同年5月12日欠勤。

平成7年より勤務配属変更(内務より外務へ)

(6) 主治医意見書から主要部分を摘記すると、次のとおりである(資料1-3)。
 請求人は、昭和55年11月発症の精神分裂病で、昭和55年12月2日に当院を初診している。しかし入院・通院治療を経て寛解状態となり、通院薬物療法を続けながらも、昭和62年12月から症状再発した平成8年2月までの8年以上の期間、○○として継続的に就労できている。このことから、このときの状態を社会的治癒とみなし、症状が再燃して入院が必要となった平成8年2月12日を再初診日と判定した。

(7) 請求人にかかる厚生年金保険被保険者資格記録は、次のとおりである(資料5)。

資格取得年月日 標準報酬月額変更年月日 資格喪失年月日 標準報酬月額(万円)
昭62.12.3     17
  平1. 8.1   20
  平2.10.1   22
  平3. 8.1   26
  平6.10.1   28
  平7.10.1   26
    平8.5.16  

2 前記認定された事実に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。

(1) 先ず、請求人の当該傷病の初診日が昭和55年12月2日であり、裁定請求日まで継続した同一傷病であることについて、請求人及び保険者双方に争いはない。
 ところで、社会保険の運用上、過去の傷病が治癒したのち再び悪化した場合には、再発として過去の傷病とは別傷病とし、治癒が認められない場合には、継続として過去の傷病と同一傷病として取り扱われるが、医学的には治癒していないと認められる場合であっても、軽快と再度の悪化との間に外見上治癒していると認められるような状態が一定期間継続した場合は、いわゆる社会的治癒があったものとして、再発として取り扱われるものとされている。
 医学的知見によれば、理想的な「疾病の治癒」は、原状の完全回復であって、「治癒操作、すなわち、薬物の持続的服薬、日常生活の制限、補助具の装用などを行わなくても生体の機能が正常に営まれ、かつ、病気の再発が予測されない状態」と定義することができるが、大部分の精神障害を含めて、慢性の疾患では、上記の理想的治癒像はなかなか得られないところ、多くの精神障害については、「日常生活にあまり障害を与えない治療を続けて受けていれば、生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態」が「社会的治癒」であると解されている(資料7)。
 そこで、請求人の当該傷病の症状が軽快してC病院を退院した昭和61年9月から当該傷病の悪化により同病院に再入院した平成8年2月までの間に社会的治癒に相当する期間があったかどうかを検討する。

(2) 請求人は、資料3及び前記1の(3)で認定したとおり、当該傷病により昭和55年12月2日、○○病院(現在のC病院)にて入院加療を受けた後、当該傷病により同病院への入退院を繰り返しており、資料2によると、昭和61年9月に同病院を退院後は月に1回程度の通院をして、HPD(ハロペリドール・抗精神病薬。注:通常使用量は1日3~6mg、症状により増量する。)及びCP(クロールプロマジン・精神神経用剤。注:通常使用量は1日50~450mg、症状により増量する。)を主薬とする薬物療法及び精神療法を受療している。
 そこで、請求人に係る主薬の1日分の投与量(以下「投薬量」という。)の経過をみてみると、同病院退院後の通院開始日(昭和61年9月19日)における投薬量は、HPDが12mgであり、同薬の通常使用量を超えるものであったが、同年10月に9mgに減量投与され、昭和62年2月には通常使用量とされる6mgに減量投与されている。また、CPの投薬量は、当初は450mgであったが、昭和61年11月に375mg、同62年2月に300mg、同年8月に200mgといずれも通常使用量の範囲内で減量投与されていることが認められる。
 請求人が、事業所で勤務を開始した昭和62年12月から平成2年1月までの投薬量についてみてみると、HPDが6mg、CPが150mgを維持量として投与されており、平成2年1月には、CPが100mgに、同年3月には、HPDが4mgに減量されてこれが維持量とされ、平成4年7月から請求人がC病院に再入院する平成8年2月までの期間は、HPD又はインプロメン(精神神経安定剤。平成6年5月からHPDに変更して投与。注:通常使用量は1日3~18mg。症状に応じて1日36mgまで増量する。)の投薬量が3mgと少量の維持量に変更されているところ、CPの投薬は平成4年12月から中止されている。そうしてD医師は、請求人の病状が寛解状態にあったことを認めている(資料1-3)。
 以上みてきたように、請求人への投薬量が、遅くとも昭和62年12月から平成8年2月までの期間(以下「当該期間」という。)について、通常使用量の下限又は下限に近い水準で維持されており、「生体の機能が正常に保持され、悪化の可能性が予測されない状態」にあったと認められることから、請求人は当時、精神医学的に「社会的治癒」に該当する状態にあったと判断できる。

(3) 次に、請求人の就労状況であるが、請求人の職務は○○であり、請求人の勤務時間は、18時間実働の夜勤を含む変形労働時間制であって健常人にとっても決して緩やかな労働条件ではない。請求人は、その職務を昭和62年12月から平成8年2月の再発初診日まで8年以上にわたって継続しており、請求人は、公開審理の場において、この労働条件は就労当初から平成8年2月の再入院までの期間に変更はなかったと申述している。また、請求人の標準報酬月額が順調に昇格していることから、請求人の勤務実態が事業所から評価されていたことが窺われる。したがって、請求人は、当該期間について、厚生年金保険の被保険者として健常者と変わりのない社会生活を送っていたと判断するのが相当である(資料1-1、同1-3及び同3ないし同5)。

(4) 以上を総合的にみてみると、遅くとも当該期間については、当該傷病に係る薬物治療の内容・経過から「精神医学的社会的治癒」の期間が認められ、これに請求人の就労状況をも勘案すると、保険制度運用上「社会的治癒」と認めるべき状況が存在したものというべきである。したがって、本件においては、厚生年金保険の被保険者期間中である平成8年2月12日の受診をもって初診日とするのが相当である。

(5) 次に、請求人の障害の状態が、年金給付の対象となる程度のものであるかどうかを検討する。
 当該傷病による障害について、国年令別表は、障害等級2級に該当する障害の程度として「精神の障害であって前各号と同程度以上と認められる程度のもの(16号)」を、厚年令別表第1は、「精神又は神経系統に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの(13号)」を掲げているが、社会保険庁は、障害等級を判定する基準として国民年金・厚生年金保険障害認定基準(以下「認定基準」という。)を定めており、当審査会も給付の公平を図るための尺度として、この認定基準に依拠するのが相当であると考えるものである。

(6) 認定基準第1章第8節/精神の障害によれば、当該傷病により2級に該当するものの例示として「精神分裂病によるものにあっては、残遺状態又は病状があるため人格変化、思考障害、その他もう想・幻覚等の異常体験があるため、日常生活が著しい制限を受けるもの」が、3級に該当するものの例示として「精神分裂病によるものにあっては、残遺状態又は病状があり、人格変化の程度は著しくないが、思考障害、その他もう想・幻覚等の異常体験があり、労働が制限を受けるもの」がそれぞれ定められている。

(7) 公開審理の場において、保険者代表は次のように申述している。
 D医師の診断書A及び資料6-1にD医師の診断書2及び資料6-2における障害の状態をこの基準に照らしてみると、障害認定日における請求人の障害の状態は、状態像として幻覚妄想が動揺性に消長し思考内容の貧困さ及び人格水準の低下が目立つとされ、日常生活能力は精神症状を認め、家庭内での単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要な程度であり、現症時の日常生活活動能力又は労働能力は、日常生活にもある程度の援助は必要であり、就労は困難な状態であるとされ、社会生活能力が、就業上単純作業なら可能であるとされていることから障害等級3級の程度に相当する。
 また、裁定請求日における請求人の障害の状態は、状態像として、幻覚、妄想自閉、感情鈍麻及び意欲の減退が認められ、現実検討能力の低下、思考や対応の柔軟性の欠如から、日常生活においても不適切な行動も度々見うけられるとされ、「日常生活能力」が、精神症状を認め、家庭内での単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要な程度であり、「現症時の日常生活活動能力又は労働能力」が、日常生活にもある程度の援助は必要であり、就労は不可能な状態であるとされていることから障害等級2級の程度に相当する。
 当審査会は上記の判断は妥当であると考えるものである。
 したがって、請求人の障害認定日における当該傷病による障害の状態は、厚年令別表第1に掲げる3級の程度に該当し、裁定請求日における当該傷病による障害の状態は、国年令別表に掲げる2級の程度に該当するものと判断する。

(8) そうすると、原処分は妥当でなく、取り消されなければならない。

以上の理由によって、主文のとおり裁決する。

(平成16年7月30日)

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