認定基準の見直しの契機となったと思われる事案

請求人 A男   昭和26年生
代理人 B男
C男
D子
原処分をした行政庁 社会保険庁長官

主文  社会保険庁長官が、平成14年12月25日付で、再審査請求人に対し、障害基礎年金及び障害厚生年金を支給しないとした処分を取り消す。

理由

第1 再審査請求の趣旨
再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、主文と同旨の裁決を求めるということである。

第2 再審査請求の経過
1 請求人は、脊髄性小児麻痺による両下肢機能障害(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、平成14年3月25日(受付)、社会保険庁長官に対し、障害基礎年金及び障害厚生年金(以下、併せて「障害給付」という。)の裁定を請求した。

2 社会保険庁長官は、平成14年12月25日付で、当該傷病の発病日が厚生年金保険の被保険者期間中にないとの理由により、請求人に対し障害給付を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。

3 請求人は、原処分を不服とし、社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し再審査請求をした。

第3 問題点
1 障害給付を受けるためには、障害発生の原因となった傷病の発病日が昭和61年4月1日前の厚生年金保険の被保険者期間内にあるか、又は、その傷病の初診日が昭和61年4月1日以降の厚生年金保険の被保険者期間内にあることを要する。

2 当該傷病は、脊髄性小児麻痺(以下「ポリオ」という。)を基礎として発生したものであるところ、保険者は、このことから、当該傷病の発病・初診日に当たるものはポリオの発病・初診日であるとし、それは昭和26年9月中(請求人0歳時)にあるから、請求人の当該傷病による障害に対しては厚生年金保険の被保険者期間中に発病日又は初診日があることを受給権発生の要件とする障害給付をすることはできないとしたものと解される。

3 これに対し、請求人は、ポリオが発生した昭和26年9月当時から、新たに従来の障害部位と異なった左側肢体に障害が発生し、診療を受けるに至った平成9年7月7日までの間、一度もポリオに関する治療を受けたことがなく、長年月にわたり就労することができたのであるから、たとい、その間において請求人の右下肢に障害が残存していたとしても、いわゆる社会的治癒の法理により、当該傷病について初めて診療を受けた前記平成9年7月7日をもって初診日と認めるべきであり、同日は厚生年金保険の被保険者期間中であったから、請求人は障害給付の受給権を有する旨主張している。

4 したがって、本件の問題点は、請求人の現在の障害を生じさせた傷病の発病・初診日をいつと見るべきかであり、発病日が昭和61年4月1日前の厚生年金保険の被保険者期間内にあるか、又は初診日が同日以後の厚生年金被保険者期間内にあると認められれば、障害認定日又は裁定請求日における障害の状態が法定の程度(国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表又は厚生年金保険法施行令別表第1所掲の障害の程度)に該当する限り、障害給付(ただし障害等級3級に該当する場合は障害厚生年金のみ)の受給権が肯定されることになるものである。

第4 審査資料
本件の審査資料は次のとおり(資料3を除き、いずれも写)である。

資料1 請求人作成の病歴・就労状況等申立書(平成14年3月25日付)

資料2 請求人作成の「私の履歴書」と題する書面(平成14年7月付)

資料3 請求人作成の当審査会宛申立書(平成16年3月17日付。身障者手帳交付原簿の写添付)

資料4 請求人に係る身体障害者診断書・意見書

4-1 E整形外科F医師作成のもの(昭和61年1月27日付)

4-2 G病院H医師(以下「H医師」という。)作成のもの(平成7年3月15日付)

4-3 H医師作成のもの(平成12年10月4日付)

資料5 請求人の旅券

資料6 請求人に係る厚生年金保険の被保険者資格記録

資料7 請求人に係るI病院(以下「I病院」という。)脳神経内科の診療録

資料8 社会保険庁社会保険業務センター業務部業務管理課から当審査会に提出されたI病院J医師との面談結果の報告書(平成16年3月11日受付)

資料9 請求人に対する診断書

9-1 H医師作成の平成12年10月4日現症に係るもの

9-2 同医師作成の平成14年3月10日現症に係るもの

9-3 K整形外科クリニックL医師作成のもの(平成14年4月19日付)

資料10 請求人の身障者手帳(平成12年11月14日更新)

資料11 長嶋淑子「Post-polio Syndrome(ポリオ後症候群)」(Annual Review神経2001所載)

資料12 向山昌邦「ポリオとポストポリオ症候群について」(「ポリオとポストポリオの理解のために」所収)

資料13 蜂須賀研二「過用性筋力低下」(前掲書所収)

資料14 L.S.ハルステッド・G.グリンビー編「ポストポリオ症候群―その基礎と臨床」(蜂須賀研二、伊藤利之監訳)の抜粋

第5 事実の認定及び判断
1 上記審査資料によれば、次の事実を認定することができる。

(1) 請求人は、生後間もない昭和26年9月にポリオに罹患し、治療を受けたが、右下肢に障害が残り、昭和35年8月には右足関節固定術を受けた。その後も、右下肢の障害は、小・中学校で体育の授業に参加することが可能な程度のものではあったが残存し、昭和30年11月に5級の身体障害者手帳(以下「身障者手帳」という。)の交付を、平成7年3月頃には4級の身障者手帳の交付を受けている。昭和61年1月当時の障害の状態は、日常生活上の動作はほぼ正常にできるが、下肢長差が3.5cmあり、坂道、階段歩行はかなり不自由で、跛行が目立ち、疲れやすく、下肢の諸関節に痛みを覚える(身障者手帳5級相当)というものであった。また、4級の身障者手帳の交付を受けた当時の障害の状態は、日常生活上の動作については同様で、右足関節の用廃、右膝関節機能の著しい障害(可動域60°、筋力半減)が認められるというものであった(資料1ないし3及び同4-1・2)。

(2) しかしながら、この間、請求人は大学を卒業して昭和49年3月から会社に勤務して厚生年金保険の被保険者資格を取得した。以後は、主に営業畑で働き、後記のとおり退職するまで28年の勤務期間のうち半ば以上を海外勤務をして過ごしており、健常人と比べて遜色のない活動をしていた(資料1、同2、同5及び同6)。

(3) 請求人は、平成8年5月頃から左右膝に痛みを感じるようになり、平成9年7月7日、I病院でJ医師の診察を受け、同年9月に行った筋電図検査において左大腿筋及び下腿筋に神経原性の異常が認められたところから、同医師はポリオ後遺症と診断した(資料7及び同8)。

(4) その後、請求人は平成11年1月頃から左下肢の障害が消失せず、右下肢の障害も徐々に進み、平成12年1月からG病院で診療を受けるようになり、同年11月に3級の身障者手帳の交付を受けた。その際作成された同病院の身体障害者診断書・意見書によれば、右下肢は起立及び立位がいずれも不能であり、左下肢は歩行500メートル、起立10分位が可能であるとされている。この頃から地下鉄を利用しての通勤が困難になり、バス及びタクシーを利用するようになった(資料1、同4-3、同9-1、同10)。

(5) 資料9-1の平成12年10月4日現症に係る診断書によれば、当該傷病による請求人の障害の状態は次のとおりである(なお、左下肢の関節運動筋力については、「半減」ではなく「正常又はやや減」である旨の作成医師の回答書(平成14年9月4日付)が提出されているが、当該診断書の記載の仕方、同じ時期に作成された資料4-3の身体障害者診断書・意見書の記載内容、後記平成14年3月10日現症の診断書の記載との比較等からすると、当該診断書にはもともと「半減」と記載されたものであり、かつ、その記載は誤記ではなく、前記回答書の記載は錯誤に基づくものと認められる。)。

麻痺:(外観)弛緩性

(起因部位)脊髄性 

(種類)運動麻痺

(反射)右・左下肢とも(-)

障害の状態:

関節運動範囲及び運動筋力:

(右)
   関節運動範囲  関節運動筋力
 股関節  正常  著減又は消失
 膝関節  〃  〃
 足関節  〃  〃

(左)
   関節運動範囲  関節運動筋力
 股関節  正常  半減
 膝関節  〃  〃
 足関節  〃  〃

日常動作の障害程度:

(一人でうまくできる場合は〇、一人でできてもうまくできない場合は△、一人では全くできない場合は×)

歩く………屋内△、戸外△

片足で立つ…右左とも×

立ち上がる…………可能、支持要

階段を登る…………可能、手すり要

階段を降りる………可能、手すり要

補助用具使用状況……杖

現症時の日常生活活動能力又は労働能力:手仕事ならば可

予後:良

(6) 平成14年3月10日現症による障害の状態は、資料9-2によれば、前記平成12年10月4日現症による障害の状態と同様とされている。しかし、下肢の障害のため営業職を続けることは困難になり、内勤を希望して平成13年9月に○○部へ異動し、その後通勤が困難になったため、平成14年4月19日に退職し、翌20日に厚生年金保険の被保険者資格を喪失した(資料1、同2及び同6)。

(7) 資料9-3によれば、裁定請求日に近い平成14年4月19日現在の障害の状態は次のとおりである。

麻痺:(外観)弛緩性

(起因部位)脊髄性

(種類)運動麻痺

(反射)右・左下肢とも低下

障害の状態:

関節可動域及び運動筋力:

(右)
   関節可動域  関節運動筋力 
 (自動)  (他動)
 股関節  正常 正常  消失 
> 膝関節  〃  〃  〃
 足関節  底屈 0°
 〃  〃
背屈 0° 〃  〃 
(左)
   関節可動域  関節運動筋力 
 (自動)  (他動)
 股関節  正常 正常  半減 
 膝関節  〃  〃  〃
 足関節  底屈-10°
 〃  〃
背屈 35°  〃  〃 

下肢長:右 88cm、左 92.5cm

日常動作の障害の程度:

(一人でうまくできる場合は〇、一人でできてもやや不自由な場合は〇△、一人でできるが非常に不自由な場合は△×、一人で全くできない場合は×)

片足で立つ……右左とも×

歩く…屋内〇△、戸外〇△

立ち上がる…………△×

階段を登る…………×

階段を降りる………×

補助用具使用状況……T字杖ときどき使用(屋外歩行で)

現症時の日常生活活動能力又は労働能力:手仕事は可能

予後:不変

(8) J医師は、保険者からの意見聴取に対して、前記(3)の平成9年7月7日の診察の時点では請求人の当時の症状をポリオ後遺症と診断したが、その後の症状の経過、特に平成12年当時の筋力低下の状況に照らすと、平成9年7月7日に認められた両下肢の症状はいずれもポストポリオ症候群であることを否定できない、と述べた(資料8)。

(9) ポストポリオ症候群(以下「PPS」という。)は、乳幼児期にポリオに罹患し、当初の機能回復の段階を経て障害の程度が固定し、安定した状態にあった成人に現れる運動・感覚・呼吸などの種々の機能障害の総称であり、その診断基準が確立しているとはいえず、発生機序の解明も仮説の域を出ないが、その存在は早くから知られており、診断基準に関しては、[1]ポリオの罹患歴と部分的な機能回復があること、[2]一肢以上に弛緩性麻痺が残存すること、[3]ポリオ罹患後10年以上の日常生活動作の安定時期があること、[4]内因性・外因性疾患や上位ニューロン障害の所見を欠くことなどが挙げられている。また、発生機序に関しては、[1]ポリオ感染を免れた残存神経細胞の過用性疲弊と加齢による変性・脱落、[2]過用又は廃用による筋肉自体の変性が主因であるとする説が有力である。ポリオ罹患者にPPSが発生する率は、25%とも40~60%ともいわれ、定説がないが、いずれにせよ、かなり高い率で現れるものとみられている(資料11ないし14)。

2 以上に認定したところに基づいて、本件の問題点について判断する。

(1) 前記1の(9)で認定したようなPPSの診断基準及び請求人の障害の発生、増悪の経緯からすると、請求人の本件裁定請求当時の症状は、ポリオの罹患肢でない左下肢に生じているもののみならず、罹患肢である右下肢の障害を増悪させているものも、PPSによるものと見るのが相当である。そうして、前記1の(3)ないし(8)で認定したような請求人の症状の進行状況及びこれに関するJ医師の見解に徴すると、請求人のPPSは、平成8年当時から徐々に進行したもので、平成9年7月7日がその初診日に当たるものと認めることができる。
 ポリオとPPSとの関係を同一傷病とみるか別傷病とみるかは、PPSの発生機序が解明されていないこともあって、にわかに決しがたい問題であるが、これを別傷病とみるとしても、両者の間には発生機序の点からみて密接な関係があると考えられるから、互いに相当因果関係に立つ傷病とみるのが妥当である。通常、二つの傷病がこのような関係にある場合、これによる障害給付の受給権の存否を決する基準となる初診日は、最初に発生した傷病の初診日であるが、一般にポリオの発症とPPSの発症との間に前記のような大きな時間的間隔が存し、その後に従前の障害の状態とは程度、態様、部位において時として著しく異なる障害が発生するところから、ポリオの初診日をもってPPSによる障害の発生原因となった傷病の初診日とみるのが妥当であるかどうかが問題になる。
 請求人は、ポリオ罹患後、前記のPPSの初診日まで45年以上にわたり、右下肢に軽度の障害を残しながらも、その障害の状態は安定し、これに対して格別の治療を施す必要もなかったものであり、特に昭和49年に就職してからの20年余りは、厚生年金保険の被保険者として健常人と変わりのない生活を送ってきたものである(神経細胞の疲弊・脱失、筋肉の変性等のPPSの発生因子は、時間の経過とともに徐々に蓄積されるものであるにせよ、そのことは、一般的に見られる症状の経年的変化のように、症状自体が次第に増悪して行く状況とは趣きを異にするというべきである。)。ポリオの原症状とPPSによる症状との間に存するこのような顕著な非連続性に照らせば、請求人に対して、当該傷病の発生が45年余り前の疾患に由来すること、その間において当該疾患による障害が完全に消滅していたわけでないことを理由として、厚生年金保険上の障害給付の支給を拒むことは、相互扶助と社会的連帯を根底とする同制度の趣旨及び衡平の理念に照らして著しく妥当を欠くものといわなければならない。したがって、本件においては、PPSの初診日である平成9年7月7日をもって初診日とするのが相当である。

(2) 次に、請求人の障害の状態が、保険給付の対象となる程度のものであるかどうかを検討する。
 まず、障害認定日(初診日の1年6月後)である平成11年1月7日当時の障害の状態を認定するに足りる資料はない。
 次に、裁定請求日当時の障害の状態は、前記1の(8)のとおりである。
 ところで、当該傷病によって請求人のような障害が生じている場合については、障害等級1級に当たるものとして、国年令別表に「両下肢の機能に著しい障害を有するもの」(1級6号)が、障害等級2級に当たるものとして、同別表に「一下肢の機能に著しい障害を有するもの」(2級12号)及び「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」(2級15号)が掲げられているが、国年令別表による障害の程度に該当するかどうかを判断するためのより詳細な基準として、社会保険庁は国民年金・厚生年金保険障害認定基準(以下「認定基準」という。)を定めており、給付の公平を期するため、当審査会もこの認定基準に依拠するのが相当であると考えるものである。
 当該傷病による障害については、脊髄の器質的障害に由来するものとして、認定基準第1章の第4「肢体の機能の障害」に定めるところによるべきところ、これによれば、「1下肢の機能に著しい障害を有するもの」すなわち、1下肢の用を全く廃したものとは、日常生活動作のすべてが「一人では全くできない場合」又はこれに近い状態をいうとされるから、請求人の障害の状態はこれに当たらない。したがって、請求人の障害の状態が1級に該当しないことは明らかである。しかしながら、認定基準によれば、「両下肢の機能に相当程度の障害を残すもの」は国年令別表の2級15号に当たるとされ、ここにいう機能の「相当程度の障害」とは、日常生活動作の多くが「一人で全くできない場合」又は日常生活動作のほとんどが「一人でできるが非常に不自由な場合」を指すとされるので、請求人の障害の状態は2級に該当するものということができる。なお、請求人には厚生年金保険の被保険者期間前に初診日のある右下肢の障害があるが、いわゆる「初めて2級」に関する国民年金法第30条の3及び厚生年金保険法第47条の3の規定により、基準傷病である当該傷病による障害とそれ以前に初診日のある他の障害とを併合して評価すべきことになるから、前記のとおり、裁定請求日において存する障害の全体を評価すれば足りるものである。

(3) そうすると、請求人に対しては裁定請求日の属する月の翌月から障害等級2級の障害給付を支給すべきことになり、原処分は取消しを免れない。

以上の理由により、主文のとおり裁決する。

(平成16年5月31日)
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