以下の内容は、上記の専門家会合意見書(平成22年12月発表)の引用です。
1.はじめに
ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害については、「ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定について(平成10年2月4日庁保険発第1号通知。 以下「認定における留意事項」という。)」により認定が行われている。
具体的には、続発症の有無、その程度、検査所見、治療及び症状の経過を十分考慮し、労働及び日常生活上の障害を総合的に認定することになっている。
このように、平成10年の認定における留意事項をもとに認定が行われているが、その後に明らかになった新しい医学的知見を取り入れるよう各方面から見直しが求められていること、また、これまでも診断書の記載内容が必ずしも十分ではない事例が見受けられたことから、認定における留意事項をより明確化することを目的として本会合が本年8月に設置されたものである。
本会合では3回にわたって議論を重ね、専門的な見地から以下のとおり意見を取りまとめたので報告する。
2.障害認定に必要な検査所見及び身体症状等について
ヒト免疫不全ウイルス感染症による障害については、①診断書を作成する医師が申請者の障害を客観的に評価し、②日本年金機構で障害認定の審査をしている医師などが認定を行うこととなるが、その判断に必要な障害の状態を明確にした上で、診断書の記載を求めるとともに、確認することが望ましい。
なお、障害認定に必要な検査所見及び身体症状等に関する具体的な内容については次表のとおり整理することが適当である。
(1)検査所見
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検 査 所 見 |
1 |
CD4陽性Tリンパ球数について4週以上の間隔をおいた連続する2回の検査値の平均値が1級、2級の場合は200/μl以下、3級の場合は350/μl以下である |
2 |
白血球数について3,000/μl未満の状態が4週以上の間隔をおいた検査において連続して2回以上続く |
3 |
ヘモグロビン量について男性12g/dl未満、女性11g/dl未満の状態が4週以上の間隔をおいた検査において連続して2回以上続く |
4 |
血小板数について10万/μl未満の状態が4週以上の間隔をおいた検査において連続して2回以上続く |
5 |
HIV-RNA量について5,000コピー/ml以上の状態が4週以上の間隔をおいた検査において連続して2回以上続く |
(2)身体症状等
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身 体 症 状 等 |
1 |
1日1時間以上の安静臥床を必要とするほどの強い倦怠感及び易疲労感が月に7日以上ある |
2 |
病態の進行のため、健常時に比し10%以上の体重減少がある |
3 |
月7日以上の不定の発熱(38°C以上)が2ケ月以上続く |
4 |
1日に3回以上の泥状ないし水様下痢が月に7日以上ある |
5 |
1日に2回以上の嘔吐あるいは30分以上の嘔気が月に7日以上ある |
6 |
動悸や息苦しくなる症状が毎日のように出現する |
7 |
抗HIV療法による日常生活に支障が生じる副作用がある(1~6の症状を除く)(抗HIV 療法を実施している場合) |
8 |
生鮮食料品の摂取禁止等の日常生活活動上の制限が必要である |
9 |
1年以内に口腔内カンジダ症、帯状疱疹、単純ヘルペスウイルス感染症、伝染性軟属腫、尖圭 コンジローム等の日和見感染症の既往がある |
10 |
医学的理由(※)により抗HIV療法ができない状態である |
※ 医学的理由とは、投薬による肝障害、白血球数減少などの副作用が生じるなどの医学的事項による。
3.障害の程度について
ヒト免疫不全ウイルス感染症については、これまで他の内科的疾患と同様に、検査所見、治療及び症状の経過、具体的な日常生活状況等により総合的に認定を行ってきたところである。
一方、ヒト免疫不全ウイルス感染症は免疫機能障害という他の疾病とは異なった特性も持っている。
このため、CD4値(血液中に含まれる免疫全体をつかさどる機能を持つリンパ球数)を中心とした特殊検査の異常値と症状などを反映できるような合理的な認定手法について議論を重ねた結果、本会合としては現行の「総合的に認定する」という手法を維持しつつ、前述のような合理的な手法を加え、労働及び日常生活上の障害の程度が客観的に見て妥当であるかどうかを判断することも必要である。
例えぱ、検査所見と身体症状等を組み合わせること等により障害の程度の目安を整理すると次のようになると考えられる。
○ 上記2(1)の検査所見の表に示す1に加えて3項目以上の所見があり、かつ、上記2(2)の身体症状等の表に示す4項目以上の症状があるもの。もしくは、回復不能な
エイズ合併症のため、介助なくしては日常生活がほとんど不可能な状態のもの(※)は1級と認定する。
○ 上記2(1)の検査所見の表に示す1に加えてえて2項目以上の所見があり、かつ、上記2(2)の身体症状等の表に示す3項目以上の症状があるもの。もしくは、上記2(1)の検査所見の表に示す1に加えてエイズ発症の既往があるものは2級と認定する。
○ 上記2(1)の検査所見の表に示す1に加えて2項目以上の所見があり、かつ、上記2(2)の身体症状等の表に示す2項目以上の症状があるもの。もしくは、上記2(1)の検査所見の表に示す1に加えてエイズ発症の既往があるものは3級と認定する。
※ エイズ合併症(「サーベイランスのためのHIV感染症/AIDS診断基準」(厚生省エイズ動向委員会、1999)が採択した指標疾患としてあげられている合併症」)が回復不能に陥り、日常生活のほとんど全てが介助なしでは過ごすことができない状態のことをいう。
4.診断書の様式について
上記2の障害認定に必要な検査所見及び身体症状等について確認することとしたため、それらを書き漏らさないような診断書の様式に変更することが望ましい。
このため、ヒト免疫不全ウイルス感染症特有の症状等を適切に記載することができるように診断書の記載項目を整理し、検査所見、身体症状、副作用、肝炎などの項目を追加することが必要である。
これにより、診断書を作成する医師は必要項目を適切に記載することができ、日本年金機構で障害算定の審査をしている医師などは障害の状態を的確に判断できるようになり、障害認定が円滑に行われると考えられる。
5.おわりに
ヒト免疫不全ウイルス感染症に対する治療は、医学の進歩により、新たな治療薬が開発され、格段の進歩を遂げている。反面、ウイルスを体内から駆逐するまでには至っておらず、近年は悪性腫瘍という重篤な疾患を引き起こすことがあり、労働及び日常生活に支障をきたす事例も見受けられる現状を踏まえ、認定上の配慮が求められているとの意見がある。
こうした悪性腫瘍を併発する場合の扱いについても検討した結果、現時点における学術的な水準に鑑みれば、「肛門癌」、「肺癌」及び「ホジキンリンパ膿」のような悪性膿瘍については、エイズ指標疾患のうち、カポジ肉腫、原発性脳リンパ腫、非ホジキンリンバ腫及び浸潤性子宮頸癌と同様に、ヒト免疫不全ウイルス感染症と相当因果関係があるとみて、「総合認定」または「併合認定」の取り扱いにより認定を行う必要がある。